下巻143
醒井餅
原文
一、井〔伊〕家にて製りし、進物等に相い成り候所、何れも何時まで御貯[おんたくわ]えに相い成り候ても黴出で申さず候処、試みに製り候様、
醒井餅御下げ御達の趣御座候所、製法方心得居り候御座無く候間、是れ又た、真志屋五郎兵衛心得居り候えば、御菓子の御用も相い勤め居[お]り候間、
申し出候様御達に相い成り候所、更に相い心得申さざる趣に付、御国表同役共へも御下げの御品指〔差〕し下し申し遣し候所、
是を以て製方工風もこれ無き旨申し来たる。
御筆にもあらせられ候通り、餅米を寒晒に致し粉となり候、餅搗[つ]き候には相違これあるまじきか、寒中餅米を七日水に漬け置き、右を干上げ、
粉と成り候、餅搗き候、尤[もっと]も取粉を用い候えば、黴出[かびい]で候間相い用いず、よき程に固き候篩、御雛形の通り断ち切る。
一、板の上へ一枚ずつ並べ置き候分は、風に当たり反り又は割れ出で申し候。
一、板の上へ一枚ずづ並べ、風に当たり候ては、よろしからずと存じ候、長持の内へ入れ置き日々手返しいたし候処自然と干割れに相い成り申し候。
一、箱の内へ一枚ずつ並べ置き、又た反り出で申さず候様、十四、五枚ずつ重ね置き長持の内へ入れ置き候分は黴出で申し候。
一、葦簀[よしず]の上へ並べ長持の内へ入れ置き候分は、干割れ相成り申し候、右の通り試み候処、何にも御用相い立たず若し混ぜ物等にもこれあるべく候か相い分りかね候処、江州醒井[さめい]の儀は、寒地の場所とも承り候間、餅に搗き断ち切り候を、直に箱に入れ重ね置き候ても黴も出で申さず、日割れ等もこれなき儀にこれあるべきか、又は混ぜ物などの類御座候か、さて又た暖気を催し候砌[みぎり]に候えば、干割れ等は之有り候まじきと、又々試に寒中餅米を十日程水に漬け置き候を粉と成し差し置き〔放置し〕、三月始めに至り搗き立て前の如く取り粉更に相い用いざる程よく固まり候を断ち切り、琉球表〔麻糸を縦とし,シチトウの茎を横として織ったゴザ〕の上へ一枚ずつ並べ置き日日手返し、干上げ候処、風当たり候ても干割等少なく試に製りし候品、御覧に入れ奉り候えども、醒井餅通り出来るとは申し上げかね候、若しよろしき御工風も御座候えば、御達次第に製候様仕るべく候えども、先ずこの儀申し上げ候。以上 御番屋懸り
五月 吟味役共